特許庁の基幹システムはなぜ失敗したのか。元内閣官房GPMO補佐官、萩本順三氏の述懐
特許庁が進めてきた基幹系システムの刷新プロジェクトが失敗に終わり、開発に投じた約55億円が無駄になってしまったことが、先週相次いで報じられました。
このプロジェクトに「内閣官房GPMO(ガバメントプログラムマネジメントオフィス)補佐官」の肩書きで2009年まで民間から参加した萩本順三氏(現 匠BusinessPlace 代表取締役社長)がFacebook上で当時を述懐しつつ、失敗の要因を分析していました。今後、失敗プロジェクトを繰り返さないためにも、重要な発言として本人の許可をいただいてまとめました。
特許庁の情報部門に幾度も中止を迫った
萩本順三氏の発言の主要な部分を引用します。
内閣官房GPMO(ガバメントプログラムマネジメントオフィス)補佐官当時、僕は、結果的に何もできなかった。
(略)
2007年にプロジェクトの問題を指摘し、特許庁の当時の設計ドキュメントを見に行った際に、一旦ストップさせ、どのように進めていくべきか、かなり強引(特許庁のオフィスは僕の声で響き渡った)に特許庁の情報部門に幾度も迫った。
何度も足を運んだが、20数名の会議の中、僕の主張は結果的に通らなかった。
その後補佐官を辞める事になった。
このような結果になり当時止められていれば、おそらく膨大な損失を防ぎ、このプロジェクトで多くの人が不幸にならずに済んだのだと思う。そういう意味で国民や関係者に謝らなければならない。
どうせ辞める覚悟があるのであれば、もっとやれることができたのではと今でも思う。死ぬ覚悟でやりとおせたらと...
なにが問題だったのか
特許庁の基幹システムの開発が失敗に終わった原因として、開発を担当した東芝ソリューションの設計開発能力やプロジェクト管理能力が十分でなかった、という特許庁検証委員会の指摘が報道されています。
しかし萩本氏は、それを別の視点からこう指摘します。
たしかにそういう部分もあるかもしれない。しかし、僕にはこのプロジェクトの当時の姿は違うものに見えた。
政府と開発側で、こういう不幸が起こらないように、なにが問題か整理をすべきではないか。僕には当時このプロジェクトは下記のように見えていた。
1.IT技術の活用をイメージできず盲信している
技術を特許庁の業務にどう活かすかという具体性・現実性に乏しく、技術オリエンテッドで物事が進んでいた。つまり僕の目には、当初の基本アーキテクチャそのものに疑問が大いにあった。この責任は開発会社だけではなく、発注者にもある。つまり技術をどう活かすかという結果イメージがシナリオレベルで不明確で両者(発注側・開発側)どちらも説明できていないのだ。
2.業務モデル(フロー)説計の不慣れさ
業務フローをどう活用するかというイメージがなく、ただただ言われた業務を書きうつすだけ。当時そういう人が千名近くいたという。その時点で破たんしているのだ。
業務フローなどのドキュメントはドキュメント過多に陥りやすい。戦略的にどう活用すべきか省庁の中で充分に整理をしてから手をつけないと、無用な産物を作り出すことになる。当時既に無用な産物化していたのだ。
3.プロジェクトマネジメントの問題
プロジェクトマネジメントに大いに問題があるのは事実。しかし、このプロジェクトマネジメントは開発ベンダーだけで構成されるものではない。基本は業務プロジェクトと捉えるべきだ。
当時、このように業務設計におけるプロジェクト管理者は特許庁側に存在していた。そこが破綻しているのだから、それを飛ばして先に進む事自体おかしいし、一方的に開発ベンダーの責任として押し付けているかぎり解決はしない。開発ベンダーの力不足という問題だけで片付けてはならない。こういう業務設計も含んだプロジェクトのマネジメントを発注者、受注者双方で学ぶ必要がある。
4.業務モデルは発注者の理解と覚悟の元作成する
これを開発ベンダー中心で書き続けるかぎり、こういう失敗は続く。つまり「絵に描いた餅」か「現状業務の見える化」にすぎないものを多大な工数を使って作り上げてしまう事になるのだ。
そういう多大なドキュメントを抱え込んだプロジェクトは、設計局面で要求が肥大化し爆発する。また、そうなっている状況において耐え直す勇気がない、それがプロジェクトマネジメントの問題であり、それは請け負った開発会社の問題でもあるだろう。
もうこういう不幸なプロジェクトは繰り返さないでほしい。
僕はそのためにも要求開発や匠メソッドを発展させ啓蒙活動を続ける。
日本独特の契約形態も絡んでいる
萩本氏は追加のコメントで、日本独特の契約形態についても触れています。
また、この問題には、日本独特のSIerとの契約形態が絡みます。この契約形態こそ日本のIT技術を駄目にしているもので、まだ要求の価値も見いだせない段階で、要求を定義していく過程で絞り込みができず、要求の量が爆発的に増大。そして、その爆発した要求に対して工数を見積もるような慣習です。それがプロジェクトを超大規模化させる原因であり、IT業界が価値を生み出さず、3Kと言われる屈辱的な状況を作り出している。
これを撤廃しないかぎり問題解決できません。政府自らこの問題にチャレンジしないかぎり、日本のIT企業は衰退するばかりか、お荷物を背負いこむユーザ企業も落ちぶれていくでしょう。
僕は、要求開発や匠メソッドを洗練させて、この問題を取り組む為のプロマネや手法を作り続けて実践することで、世の中を変え、政府が振り向く実績を残すしかないのかなと今は思います。
萩本氏は、関係者と何が問題でどうすべきだったかという話し合いをすべきだと考えており、そういう機会を作っていきたいと思う、と発言されています。
もちろん、そういった総括は萩本氏以外にもさまざまなレベルで行われるのでしょう。私たちの税金を投入したプロジェクトですから、なぜ失敗したのか、どうすべきだったのか、しっかりと振り返り、その情報が今後のために公開されるような動きになることを期待しています。
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